前向き×分析×政策で生きる

メーカー勤務、中国駐在中のアラサー男。「前向き×分析×政策」の仕事へ大きく転換させようと画策中

「無料の自己理解コーチング」受講を終えて

初回のブログで、2週間ひたすら自己理解に没頭し自分と向き合ったことを書いが、自分で内省してばかりだったので、他人から見た視点も得たいということで、自分が自己理解をする上で最強のメソッドだと感じた、八木仁平さんの会社の2時間無料コーチングに申し込み、実際に受けてみた。自己理解を始めてからは、八木さんのYoutubeを毎日のように観て、「やりたいことで夢中に生きる人」を増やしている八木さんの考えを徹底的にインストールしている。

nanyuki.hatenablog.com

コーチングはZoom形式で、コーチは私より少し若そうな女性だった。その女性はこれまで66回の海外渡航歴をもつ、超海外旅行好きの外向型の人で、内向型の私とは正反対の人だなとすぐに理解した。特に少数民族に会いに行くことが大好きらしく、色々な少数民族と一緒に撮った写真を見せてもらったが、何が楽しいのだろうかと少し理解に苦しんだ。おそらく八木さんの会社のコーチの人たちは、得意を生かせる環境で仕事をすることが自己理解メソッドの大きな肝なので、人とのコミュニケーションに自信のある人がほとんどなのだろう。

 

ざっと相手の自己紹介が終わった後、私の現状のモヤモヤや、なぜ自己理解を始めたか、理想の生き方はどのようなものか、今のモヤモヤを続けた場合は人生どうなりそうか、理想から見て今の状態は何点か、理想と比較して何が足りないか、などを色々聞き出してもらい、以前にこんなコーチング受けたことあったなーと思いながら答えた。

 

「理想の生き方はどのような感じですか?」という問いに対し、私は色々と、「仕事に夢中でありたい」とか「周りの人から頼られる人でいたい」「仕事に行きたくて朝起きられるような状態がいい」「家族や子供と一緒にいて、遊んだりする時間をしっかり持ちたい」「基本は在宅のように一人で黙々と働きながら、時々周りの人に考えを提案したり、議論したりする仕事」などと答えた。ただ、答えながら「これは本当にやりたいことなのか」、「周りの目を気にして、こうしなきゃいけないと思っていることなのか」自分でよく分からなくなってきた。実際に「それは本当にやりたいことですか?」と問われ、答えに詰まってしまった。

 

自分は心から求めているものが何なのか区別できないのだなと気づいたことは、コーチングを受けてよかったと感じる。その後、八木さんの自己理解メソッドである、価値観(大事なこと)、才能(得意なこと)、興味(好きなこと)が何かについて、私のこれまでの自己理解の成果を披露し、「こんなに3つともしっかり出せる人は中々いないです、自分をよく内省できてますね」とおだてられた。

 

価値観の部分について、コーチに言いながらなんか少ししっくりこないなと思いつつ、「やりたいことが決まっているのなら、あとは行動するだけですね」という結論でコーチングは終了。3か月の自己理解プログラムへの参加も勧められたが、「今出ているやりたいことを色々試しながら、やっぱりこれじゃないかもってなったらプログラムに参加しようと思います」と言って断った。

 

コーチングを終えてから2日間、もう一度自分の価値観を再考してみた。自分としては夢中・没頭することが人生の充実感・幸福感に繋がるので、「夢中」になる生き方をしたいというのが自分の価値観として大きいのだろうと確信を持っている。しかし、八木さんのメソッドの中では、仕事の目的は他者に与えたい価値が何かによって決まるものだが、私は他者を夢中にさせたいのかというところが少しピンと来なかった。そのモヤモヤに向き合い、考えたところ、自分で納得できるところに到達できたので、以下にそれを述べようと思う。

 

生きることや仕事に夢中になるには、人生に希望を持つだったり、前向きに生きるということが大事だと私は思った。仕事はお金のために嫌々やるのが当たり前と考えてる人が多いように思うが、そのように諦めるのではなく、どうやったらやりたいことを仕事にできるのか考えて、色々行動するような前向きな考えがあってこそ、人生を夢中で生きられるのだと思う。

 

その考えに至って、私の仕事の目的として、「他者を前向きにさせる」という価値を与えるというのは、自分でもしっくりくる感じがした。どんな状況でも前向きに考えたいという価値観は自分の中にあるのは感じるし、周りに対して、将来やお金の不安をそんな気にせず前向きに考えればいいのにと思うことはよくあるので、この仕事の目的はとても自分にフィットしている気がする。ここで、私はなんで自分がここまで「前向き」を大事にしているか過去の自分を探ってみた。

 

私は「やらない後悔よりやる後悔」の意識が強い。この考えをもとに、中国への駐在も自ら手を挙げて中国へ来た。でも昔の自分は全くこんな人間ではなかったなと思う。大学4年のときに橋本徹に(YouTubeで)出会ってから変わったのだと明確に感じている。幼少期からとても人見知りの性格で、周りの明るい人たちに比べて劣ったように感じてたし、中学は野球部、高校はバドミントン部、大学はアルティメットサークルに所属していたが、運動神経が悪いので、周りから見下されている・バカにされている感を常に感じていたように思う。だから余計、人からバカにされたら恥ずかしいという思いで行動してなかったのだと思う。特に恋愛なんて、傷つきたくないからか女子にしゃべりかけるなんて全くできなかった。大学入学時のサークルの新歓も、色々なサークルを見たい気持ちはあるのに、周りを誘えず、一人で行くのも恥ずかしいので結局ほとんど行かなかった。超受け身で、外から来たものに対応するだけで、たまたまの出会いの中だけで生きてきたし、それに疑問を持たずにいたようにも思う。

 

そんな風に過ごしてた時に、橋本徹に出会い、政治・行政に興味をもち、のめり込み、国家公務員になると決めてから、このままの自分では絶対なれないと思い、そこから行動し始めた。留学生のチューター、出身高校でOBとして生徒の前で話す授業(これは緊張で空回りして、その日の夜から高熱が出た)、超高齢化した町へ移住(町内活動に参加する代わりに家賃無料で大学生でシェアハウス)、アメリカ短期留学、自民党インターン経産省インターン厚労省インターン、ペアーズ始める、マラソン、インド旅行など、「やりたいけど恥をかきそう」みたいなことをとにかくやりまくった。正直この中で成功体験といものはほとんどなく、成功とも失敗とも言えないようなものばかりだけど(結局国家公務員にもなれず)、失敗や恥に対して恐れず立ち向かう勇気が少しはついたと思う。もちろん今でも、会議でこんな発言したらバカに思われるかなみたいな思いで躊躇してしまうことはたくさんあるけど。

 

自分が前向きに生きるようになったのは、この経験がもとになっていると思う。子供の頃から野球漫画のメジャーが好きで、大学時代にお正月の特番でメジャーを見たときに「自分は本田吾郎のような人間になりたいのかも」と感じた記憶があるが、本田吾郎の絶対に諦めない前向きさに惹かれていたのだと思う。

 

この「前向き」という価値を他者へ与えることは、自分がこれまでやってきた技術職の仕事の延長線上に見えないので、「前向き」を与えられる仕事に転換していきたいと思う。

 

以上。ちょっと自分をさらけ出しすぎたかもしれないが、本名出してないからいいとしよう。